証明責任の分配に関する簡単な整理

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I. はじめに

 民事訴訟における証明責任の分配について、色々と読んでいるうちに図式的な整理を思いついたので、忘れないうちに書き留めたいと思う。

 三木浩一ほか『民事訴訟法[第3版]』(有斐閣、2018年)(以下、「LQ」とする。)267頁以下では、支配的な見解として法律要件分類説が紹介され、その後、利益衡量説と修正法律要件分類説が紹介されている。私の理解では、法律要件分類説の一類型である規範説をベースに、他の見解をある程度図式的に位置づけることができるように思われる。

II. 規範説の概要

 規範説とは、法律要件分類説の一類型であり、ローゼンベルクというドイツの訴訟法学者が確立した見解である(高橋宏志『重点講義民事訴訟法[第2版補訂版]』(有斐閣、2013年)539頁)。その内容は以下のように定式化され(高橋・前掲540頁以下参照)、非常に論理的である。

  1. 法規不適用の原則
  2. 当事者は、自己に有利な法規の要件事実について証明責任を負う。
  3. 「有利な法規」とは、権利者にとっては「権利根拠規定」であり、義務者にとっては「権利障害規定」および「権利消滅規定」である。
  4. 「権利根拠規定」「権利障害規定」「権利消滅規定」の識別は、法規の条文の形式的構造に依拠する。たとえば、本文と但書といった構造である。

 以上の定式の2~4は、2の文言を3が説明し、3の文言を4が説明する形になっている(1については、IVにおいて軽く触れる)。その意味で、非常に論理的な定式だと思う。

 以上のような規範説を構成する要素のうち、以下で着目したいのは3および4である。3は、法律要件分類説の中核的主張である。法律要件を分類するから法律要件分類説と呼ばれているのであり、3のような分類を受け入れる学説は、内部に差があるにせよ一応まとめて「法律要件分類説」と呼ぶことができる。では、ここでいう「内部に差がある」とは、どのような差であろうか。これは、4における違い、すなわち、規定の識別基準についての違いに他ならないと考える。つまり、3に賛成するかで法律要件分類説かそうでないかが区別され、3を受け入れる法律要件分類説内部での違いは、4についての争いとして理解できる。

III. その他の学説の整理

1. 利益衡量説

 LQ269頁が「利益衡量説」として紹介する見解は、3を受け入れない見解である。「権利根拠規定」「権利障害規定」といった中間項を介在させることなく、ある法律要件の証明責任の有無を直截に利益衡量(証拠との距離、立証の難易、事実の蓋然性)によって判断する。したがって、規範説と利益衡量説は3の段階で対立する。

2. 修正法律要件分類説

 これに対し、修正法律要件分類説は、3を受け入れる。したがって、この説が「修正」するのは4である。ただし4の内容について、おおまかにいって2つの見解が対立する(高橋・前掲546頁)。1つが、法規の立法趣旨に加えて、当事者間の公平の観点、すなわち立証の難易、証拠との距離、蓋然性を考慮する見解である(新堂幸司『新民事訴訟法[第6版]』(弘文堂、2019年)612頁以下)。もう1つが、実体法の趣旨、実体法に基づく価値判断を主たる基準とし、立証の難易や証拠との距離などを考慮しないという見解である(高橋・前掲547頁)。これらの見解の対立点は、4の識別基準について、証拠法上の考慮を認めるか、認めないかという点にあると言える。

IV. 補論 ーー 「いわゆる法律要件分類説」について

 ここで、上記定式の1についても簡単に触れておきたい。証明責任について、法規不適用説と証明責任規範説という対立が存在する(新堂・前掲604頁参照)。

 法規不適用説とは、要件事実が訴訟上証明されなかった場合、法規は実体法上も不適用であると考えるものである。そうすると、真偽不明はそれ自体で実体法規が不適用であることを帰結するので、自己に有利な実体法規の適用を求める者はその法規の要件事実を証明しなければ敗訴することになり、上記定式の2が導かれる。ローゼンベルクは法規不適用説をとった。

 しかし、要件事実が存在しているなら、実体法上はその法規が適用されて法律効果が発生するとみることもできる(実体法体系と訴訟法を区別するなら、このように考えるのが自然である。法規不適用説は、実体法上の法律効果の発生を訴訟上の証明の可否に依存させているからである)。そうすると、訴訟上証明がされずに真偽不明だからといって、当然に法規の不適用が帰結されるわけではない。むしろ、事実の存否が不明である以上、素直に考えると法規は適用も不適用もできない。この真偽不明の場合に、当該法規の不適用を指示する規範こそ「証明責任規範」という新たな規範である。これが証明責任規範説である。

 観念的な議論だが、宇野聡「証明責任の分配」伊藤眞=山本和彦編『民事訴訟法の争点』(有斐閣、2009年)184頁、188頁は、この点についての争いを鍵として学説の位置づけを行っている。

V. まとめ

 自分で実際に書いてみて、教科書に書いてあることをあえて分かりにくく言い換えているだけな気もしてきた。以上の整理から何か学べることがあるとすれば、「法規をどのように分類するか」の問題(定式3)と、「個別の法規がどの分類に識別されるか」の問(定式4)は、全く別の問題であることをしっかり意識すべき、ということだろうか。また、上記定式の3のみを答案に書いて満足するのではなく、4においていかなる理由でいかなる基準を採るのかこそが重要であると思われる。法律要件分類説と一口に言っても、規範説、修正法律要件分類説が(ごくおおまかに言って)2通り、計3通り存在するからである(なお、宇野・前掲は、本記事とは異なる学説の分類を行っている)。